願わくば花の下にて


先日、叔母が天に昇りました。 お通夜は311、あの日から8年目の日。

春になりかけのある日。 祭壇には、チューリップやヒヤシンス、ムスカリなどの花が咲き乱れて、

生前花が大好きだった叔母に春を告げているかのようでした。 「我が家の庭には、先日母が植えたばかりの球根たちが、  これから花を咲かせようと土の中で春を待っています。  母はその花を見ることなく、空へと逝ってしまいました。」 喪主を務めた従兄弟の挨拶での言葉です。 体調が悪いからと、自分で救急車を呼んで病院に行った叔母。 検査後入院が決まっても、大丈夫だからと従兄弟たちを家に帰した叔母。 その後容体が急変して、次の日には息を引き取りました。 「お母さんまだ自分が死んだって気づいてないんじゃないかな」 そんな風に泣き笑いする従兄弟の言葉に、涙が出ました。 お通夜に向かう前、ぼんやりと死を想いながらつくった遅いブランチ。 忙しいを言い訳に冷蔵庫で花を咲かせてしまった菜の花と、 塩漬けのまま放置していたラディッシュのサラダ。 賞味期限切れ卵のスクランブルエッグに、低温調理したままの塩豚。 素晴らしき残り物たちの一皿です。 叔母の訃報を聞いたその週は、忙しさに日常を全て後回しにしていた日々でした。 慣れない仕事、得意じゃない作業、近づく締め切り、毎日の残業。 悔しくて悲しくて、現状が嫌で嫌で、歯を食いしばって泣いた夜。 叔母はどこかでみていてくれたのかもしれない。

もうすぐ春がくるよ。季節を感じてみたら? 些細なことで、小さな感情で、私はすぐにいっぱいになってしまう。 朝陽を浴びることも、欠けていく月を見上げることも、あっという間に忘れてしまう。

それでも気づかせてくれる人や出来事が必ずあって、「いまここ」に戻してくれる。 今回は、叔母がこの世とあの世の境目で、ふと振り返って肩を叩いてくれました。 〜願わくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ(西行)〜 桜にはあと少しだったけれど。 空から見下ろす春もまた美しいよ、きっと。 生きている。当たり前じゃないこの毎日を、味わいつくそう。 涙の日だってあるし、切り刻まれる日だってあるだろう。 それでも季節を感じられる命があるから。

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