気づいたらもうこんな時間



お盆休み。 今年は4日間。 短いそのお休みをどう過ごそう? 7月はあれやこれやと予定を詰め込んでいました。 でも、なんとなくこの休みは何もしないことにしようか? そんな風に気分がシフトした8月。 1日帰省した以外は、実に3日間ほぼ家から出ることなく過ごしたのでした。 いつもの私を知っている人が聞いたなら、びっくりするでしょう。 なぜなら私は予定詰め込みマン。 今週末からはまた、なんやかんやと予定がある日常に戻るという…。


予定のない3日間。 やろうと考えていたことは、これまでの自分の振り返り、 これからどう生きていきたいのかをひたすらに書き出す、ということ。 結果から言うと、1/3もできませんでした。


ひたすらに家事をし、積み上がっていた読みかけの本を読み、 午睡を貪り、Netflixをみて、英語の勉強をする、全くの日常生活でした。

普通の週末だってするようなこと。 そのことに対して私は日々、罪悪感と戦っていたのでした。 「今日は何も生産的なことしてないなぁ」 「昼寝なんてしてしまった…」 「お腹が空かないからってご飯も作ってない」


何かをするべき=動いてこそ=それが価値。


いつの間にか私の中に生み出された価値。 いや、小さな小さな時からそれは当たり前で、価値のない時間を過ごすことは、 イケナイコトだというルールの中で、レールの上で生きていました。 私が自分を受け入れる上で、決して崩すことのできない基礎。 だけどゴチゴチに固めたその土台の小さなひび割れに、気づいていたのです。 本当はもう数年前から。 ある日突然来るであろう、自己基礎決壊。 その予感に怯えているくらいならば、自分で少しずつ壊していく? 30代後半から怯えつつ振り落としてきたハンマーですが、この休みでまたガツンと。 怠惰に過ごすということは、私にとってこんなにも勇気がいることだったんだなぁ。 せねばならぬ。 何かせねばならぬ。 何者かであらねばならぬ。 何かを成し遂げなかればならぬ。


実は帰省した1日で、このルールのレールの最初のひとかけらを置いた父から 延々と人生を全否定され、再び沼にドボンと落ちることもあったのだけれど。


落ちてもいいのだと、思えた。


気づいたらもうお休みも最終日。 大雨や暴風や雹で大暴れした台風も去って、サーモンピンクの夕焼け。


気づいたら過ぎていた時間。 確かにそこにいたはずなのに、もう消えてしまった時間。 何かを成さねば、輝かない時なのだろうか。 何かを残さねば、今の存在にも価値がなくなってしまうのだろうか。 時間は有限であることを40代に入って、ひしひしと感じつつ。 ゆるく過ぎ去る時間の愛おしさもまた感じているところ。 時間に流されちゃうっていうのも、いいよね。 ついつい流されちまうのは、そう夏のせい。



元祖のスチャダラパーを聴いていたのは高校生の頃。 あれからもう倍以上生きているなんてね。 気づいたらもうこんな時間だ。

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